看護師3年目で転職して成功したときの話

看護師3年目で転職したときの私
U.Mさん
東京都在住
看護師歴3年目
NICU、小児科

看護師3年目のこと。

医療事故が起こった。
師長、先輩、後輩・・。色んな人が責任を取らされた。
(後で詳しく書いてあります)

私も退職を考えたが、先が見えない不安が大きすぎて、なかなか踏み切れないでいた。

でも結果として転職に成功し、今に至る。
その時に学んだ「看護師3年目の転職」について書いてみたくなった。

転職で悩んでいる方に読んでもらえれば嬉しい。

新人時代

新卒で入職した病院
わたしは東京近郊の総合病院に入職した。
全国的にも有名な病院で、入れるなんて思ってなかったけど、採用試験を受けたら運よく合格した。
新人ナースが病院全体で30人以上いたためか、脳外科を希望するも、配属されたのはNICUだった。

NICUには20人近くの小さな赤ちゃんがいた。
ほぼ全員超未熟児。
触れるだけでケガしそうなくらい小さい。最初は触るのも怖かった。
シフトは2交代制。
看護師は日勤6名、夜勤3名。

最初の仕事はバイタル、清拭、点滴、吸引、授乳だった。
基本中の基本なんだけど、新人にとってはどれもこれも難しくて怖い。
とくに医療機器の操作は、ボタン一つ押すのにも5分以上迷った挙句、先輩に聞きに行くくらいヒヤヒヤした。
NICUの赤ちゃん達は、ちょっとしたことでも命取り。
責任の重圧がパンパなかった。

でも看護師の数が少なくて、あまり時間をかけてもいられない。
1ヵ月もすれば先輩たちと同じように素早さが求められた。
1分かかることを10秒でやらなければいけない。
心拍や呼吸の異常を10秒で見抜くなんて、新人看護師ができるわけがない。
それでも全てが分単位。
先輩たちのスピードに着いていくこともできず、自分の無力さがただただ情けなく哀れだった。

けど患児が少なくなる時期もあり、落ち着いたときにシッカリ仕事を教えてもらえた。
どこに何があるののか、誰に何を聞けば解決できるのか、赤ちゃんと向き合う方法、親御さんのメンタルケア、プレッシャーとうまく付き合う方法・・・etc。

わたしはよくミスをした。
そのとき矢面に立たされるのは、私ではなく、師長や先輩たちだった。バツ2だけど面倒見がよくてNICUのお母さん的な存在の看護師長。ケチだけど夜勤でいつもお菓子をくれる先輩。NICUのエースで厳しいけどカッコいいツンデレの先輩。
師長と先輩と私
(左:師長、左から2番目:ツンデレ先輩、左から3番目:私)

みんな個性的だけど、良い人たちばかりだった。
そんな先輩たちが私のミスで叱られているのは、本当に申し訳なくて見ていられなかった。
ミスが続いたとき、誰もいない処置室でコソコソ泣いていたら、ツンデレの先輩に見つかって「すみません」って謝ったら、「頑張ろうね」って返されてギャンギャン泣いたこともある。
頑張らねばと思った。

3年目の事件

NICUの仲間たち
いつの間にか仕事にも慣れ、後輩ができていた。
後輩はみんなかわいくて、なかなか厳しくできず困ったりもした。
後輩がミスしたときは、私が矢面に立つようになっていた。
後輩から「すみません」って謝られてた時、先輩のマネをして「頑張ろうね」って返していた。

NICUには面倒見が良いバツ2師長の影響なのか、先輩が後輩の面倒をキッチリ見る文化があった。
見て覚え、真似て覚え、教えて学ぶ。
それがうまく周っていて、忙しい現場だけど新人が成長できる環境で、院内で師長が表彰されたりもした。

NICUでの3年目は、良い先輩と後輩に囲まれ、看護師としてステップアップできている実感があり、全てがうまくいっている充実感が心地良い時期でもあった。


そんなとき事件が起こった。
後輩が医療ミスをした。
患者さんに心電図モニターをつけ忘れてしまい、心停止に気が付くのが遅れ、気が付いたときにはチアノーゼで黒くなっていた。
後輩がすべて悪いわけじゃない。
客観的に見ても不運が重なった事故だったと思う。

けど後輩は、連日開かれる病院の事故調査委員会に呼ばれ、偉い人たちから責められた。

(新聞でも報道されて・・)

師長は、後輩をかばっていたけど、病院グループ内の介護施設に転属になり去っていった。挨拶も無いくらい急だった。
後輩は2週間ほど頑張るも、ある日無断欠勤し、そのまま退職となった。
私は後輩を守れなかった。
今でも後輩が夢に出てくる。
なんであの時「頑張ろうね」って言えなかったんだろう。
先輩たちも同じ気持ちだったと思う。

暫定でNICUに来た師長は、看護リーダーというよりも、医療ミスの原因調査と再発防止を徹底するための人だった。
99.9%起こらないミスを、99.999%にするようなタイプ。
2重チェックが3重チェックになり、新人が患者さんに触れるのを禁止し、全ての作業をペアで確認し合う対策が取られた。
残業が激増し、シフトが回らなくなった。

エースでツンデレの先輩は、NICUを守ろうと暫定師長と言い争いになり大喧嘩してクビになった。
後を追うように看護師4人、ドクター2人が辞めた。
患者さんを受け入れられず20人いた患者さんが4人にまで減った。
厳しくも楽しかったNICUが、たったの2ヵ月で見る影もないくらいに崩壊した。

転職に踏み切れない

看護師向けの求人誌
この頃の私は転職を考えていた。
日勤なのに22時まで仕事だったり、夜勤明けなのに他の病棟スタッフがお昼食べてても仕事してたり、非効率すぎるミス防止チェックにイライラが爆発しそうになったり、色々限界だった。

けどなかなか転職に踏み切れないでいた。

育ててくれたNICUへの恩義だったり、残っている人への罪悪感だったり。
でも本当は「私なんかが転職できるんだろうか」「次の職場でやっていけるだろうか」「もっと悪い職場だったらどうしよう」っていう自分自身の不安と自信の無さが大きかった。

人を言い訳にして行動できない悪い癖。
転職なんて他人がどうこうじゃなくて、結局は自分自身の問題。
それでも「転職する!」って決めては「やっぱり無理・・」とウジウジ。
「今の病院で頑張ろう」って決めては「やっぱり辞めたい・・」とモジモジ。
NICUから飛び出したい気持ちはあっても、なかなか行動できなかった。

それでも何かしなきゃとハローワークで求人検索したり、求人誌を読んではため息をつくだけの、モンモンとした不毛な生活を半年ほど続けた。

ツンデレの先輩の格言

モンモンとしたある日。先に辞めていったエースでツンデレの先輩から半年ぶりにランチに誘われた。
師長と先輩と私
(左から2番目:ツンデレ先輩)

私はNICUの惨状や、転職で悩んでいることをウジウジと愚痴った。

先輩は相変わらずツンツンしていた。
誰でも1度や2度は転職する、
転職に罪悪感なんて感じる必要はない、
転職したいって思わせる経営側の怠慢でもある、
人間ウジウジ悩んでも、悩み続けるだけで何も進まない、
だったらとりあえず転職活動だけしてみればいい、
やってみると見えなかったことが見えてくる、
見える景色が変われば考え方も変わるし、少しずつ方向性も固まってくる、
転職するしないは、それから決めればよくね?

まあそういう真面目なとこがあんたのカワイイ所なんだけどね!
デレを忘れない先輩も変わってないなって思った。

もう1歩踏み出してみな by ツンデレ

とりあえずの転職活動

私はツンデレ先輩の言葉通り、「とりあえず」転職活動をしてみた。

まずは自分が「転職すべきなのか」「転職しないほうがいいのか」を知りたい。
そのために先輩が利用して良かったという転職サイトに登録した。

転職サイトはエージェントと呼ばれる専門のアドバイザーが付いてくれ、転職をサポートしてくれる。

(一番お世話になったエージェントのYさん)

サポートの一環としてまず「転職者の市場価値」を分析してくれる。
どんな条件ならOK、この条件は難しい、この条件は両立でないなど。
自分の市場価値なんて考えたことがなかったけど、病院側から見た「私の価値」は知っておいて損はない。

またエージェントはエリア内の求人事情や、人気病院リストを持っていて、どんな求人があるのかも教えてくれた。
これ以上は応募すらできない、これ以下だと損するといった、自分が手を出せる上限と下限が分かってくる。

求人事情は、ネットの求人サイトやハローワーク、求人誌なんかで色々調べたつもりだったけど、それじゃダメらしい。
表だって募集しているのは、年中募集している売れ残りの求人だから。
ダメな求人を分析しても、ダメな結果しか得られない。

地域の給料相場だったり、福利厚生、求人が出てくる時期などシッカリとした求人事情を知るには、条件の良い求人を見る必要がある。
条件の良い求人は、転職サイトが非公開求人として持っていて条件にマッチする看護師にしか応募できない仕組みになっていた。

エージェントとの出会いで「転職する・しない」を決めるための方向性は一気に加速し、モヤモヤが一気に晴れる快感があった。

NICUとの別れ

退職願
私は「転職する」と決めた。
転職したとして、たいていの病院は今の状況より悪くなることがかなり少なく、応募できる求人の中によく噂で聞く超優良病院があり、時期にもちょうど節目で、仮に失敗したとしても3年目なら次の転職先を確保するのが容易であるなど、総合的に判断した。
「自分の価値」と「地域の求人事情」を知った上で考えてみると、失敗する確率がかなり低いと分かった。

ただ予期せぬこともあった。
応募したかった超優良病院が、応募者多数で締め切られていた。
でもエージェントがコネをフル活用してくれ、強引に面接を取り付けてくれた。
その次の日に面接に行くというバタバタ。

面接で話を聞くと、募集2人に対して、応募者39人(爆)
倍率19倍の超激戦。
しかも優秀なベテランからの応募が多いとのこと。
私が一番若く、経験も浅いらしい・・。
人の良さそうな人事部長さんと世間話をして、30分ほど病院見学をさせてもらい帰宅。
ハードル高すぎたかなと、と半ば諦め。

しかし3日後、エージェントからの電話で奇跡的に内定が出たことを知り狂喜乱舞。

働いていたNICUに辞表を出した。
後輩から「辞めるんですか?」って言われて「うん。辞める」って伝えたら、「今ものすごく悲しんでます」って言われて笑ったけど、後輩が真剣な顔をしててチョット嬉しかった。

転職して

転職した病院
転職して良かったと思う。

良かったことリスト
・トイレが綺麗
・ナースステーションに冷蔵庫がある
・医療機器がシンプル
・師長が怒鳴らない
・師長がちゃんと挨拶をしてくれる
・師長に監視されない
・師長の目を必要以上に気にしなくていい
・仕事量が丁度いい
・夜勤が月6回で丁度いい
・残業があまりない
・残業代がちゃんと出る
・看護師が多いから休みが取りやすい
・スタッフ用食堂が綺麗
・スタッフ用食堂がおいしい
・給料が良い
・夜勤手当が1回18,000円も出る

暫定師長と膨大な仕事量から解放されたのが大きい。
他は綺麗とかおいしいとか、ネタっぽく見えるけど環境って大事だと思った。

職場が変わると色んなモヤモヤが無くなって、また新しく頑張ろうって思える。
忙しさも、監視される窮屈さもなくなった。
前みたいにプライベートの時間が確保できるようになり、ランチを楽しんだり、認定看護を取るために小児救急の勉強をするようになった。

給料が増えたのも予想外に良かった。
手取り26万→34万。
ちょっとした贅沢ができるようになった。おにぎり持参から1000円ランチだったり、ペットボトルにお茶持参からスタバやドトールだったり。小さな幸せなんだけど私には結構重要(笑)

なぜ3年目の転職は絶好のチャンスなのか?


看護学校の同窓会にて。真ん中先生。他4人全員3年目で転職組(笑)

看護師3年目は、転職に有利な時期だと言われているし、実際に私もそれを感じた。
応募できる求人が多かったり、新卒のころと比べて条件がかなり良くなっていたり、内定が出やすかったり。

3年目の看護師は、病院側から見ると一番欲しい年代らしい。
知識と経験がそこそこあって、変にスレてなくて、新しい事を教えやすいから。

3年目の看護師は、他の年代にはない条件の良い求人に応募できる。
私はこの時期を逃すと損だと感じ、転職に踏み切った。

危険なリスクもある3年目の転職・・・

3年目の転職は、色んな意味でベストタイミングだと思う。

だけど転職には色んなリスクがある。
給料が悪くなったり、残業代が出なくなったり、師長や他の看護師と合わなかったり、病院の雰囲気が悪かったり、将来性の無い仕事ばかりさせられたり、残業が多くなったり、仕事がつまらなかったり、休みが減ったり、頑張りが評価されない職場だったり、キャリアダウンしたり・・。

人生を転落させる大きなリスクがあるから、
なかなか転職を決断できない。

だからまずは「転職したらどうなるのか?」をキッチリ調べてみればいい。
私はその調べ方を教えてもらい、転職に成功した。


看護師3年目。給料、人間関係、やりがい、全てが不満で転職を決意した

名古屋の病院に勤務する看護師(20代女性)

給料、人間関係、やりがい・・・。わたしは仕事のすべてに不満がでてしまい転職するとことになりました。

給料の不満

まず給料面ですが、残業はないものの夜勤に入らないと手取りで20万すら行きません。

しかも私の勤務していた病院は、1夜勤たったの12000円しかもらえません。
それに加えて月に4回しか夜勤はしてはいけないことになっているので夜勤をマックスしても手取りにすると24万ほどにしかならないのです。

看護学校の同期に聞くと手取りで30万もチラホラ。
うちの病院がかなり低賃だという現実を思い知らされました。
看護師は給料が良いというイメージを持たれていますが、実際には病院によってかなり差があります。

人間関係の不満

次に、うちの病院では給料面以外にも、人間関係について不満をもつ人が多く、3年もすればほとんどの新人看護師が辞めていきます。
とくに新卒看護師2年目が一番辞める確率が高いという統計データがあるそうです。
転職で入ってきたベテラン看護師であっても2~3年で辞めてしまうため、かなり異質な環境なのかもしれません。
そのため5年しか勤めていない先輩でも、大ベテランとして君臨しています(笑)

人の入れ替わりが激しいため、勤務時間が不規則になりがちです。
また残業も多くなり、人が大量に辞めた月は休日出勤を繰り返し20連勤ということもザラにあります。

しかも残っていくのはベテランというかお局の域を越した人たちなのでいびりがすごく、仕事をしっかりとこなしていても
「あんた仕事してないからこれやりなさいよ」
と自分たちの仕事を容赦なく振ってきます。

友人に聞くと多くの病院で同じような現象が起こっているそうです。
ほとんどが女性である看護師ならではの悩みなのかもしれません。

やりがいの不満

うちの病院は精神科であるため、患者も変わった人が多く、急性期病棟に勤めていたころは隔離管理をしなくてはならず、患者の粗暴の対象になる事も多々ありました。
それなのに危険手当などはなく、ケガをしてもただの労災と処理されてしまいます。
このあたりは弱小病院だけで、大きな大学病院や市立病院はシッカリと対応してくれると聞いています。

患者対応も発達障害や知的障害もいるため指導が入りにくく対応に苦慮することが多々あります。

慢性期の病棟では良くも悪くも精神状態が落ち着いている患者が多いため、看護師としてのやりがいを見出すことが出来ぬまま仕事をしていたことを覚えています。

そして転職へ・・

給料面、対人関係面、やりがいのすべてに不満で毎日イライラしていました。
この病院で働く意味がない。
私はそう思い、退職することにしました。

看護師になって3年目の春でした。

本当はこの記事「看護師辞めたい・・・ナースたちの転職事情」のように、看護師事体を辞めようと思っていました。
でも将来の不安や家族のことを考えると、経済的にもその選択はできません。

その後、つぎの転職先を探したのですが、やはり待遇が良いのは大学病院や市立病院です。
私は愛知県の名古屋市に住んでいるため、名古屋市立病院や名古屋医療センター、赤十字病院、愛知ガンセンターという名だたる大病院の面接を受けました。
でも、ことごとく落選してしまいます。

精神科しか経験が無かったため、看護スキルの偏りがまずかったようです。
転属や転職せずに同じ職場で働き続けるのにもリスクがあるのだと知りました。

その後、転職サイトのアドバイザーに仲介してもらい近所のクリニックに転職しました。
夜勤はありませんが手取り25万円で、クリニックの雰囲気ものんびりした感じが気に入っています。
やりがいに関しては、バリバリ働きたいという気持ちもあったため少し残念なところはあります。

ただ毎日のイライラがウソのように無くなりました。
イライラするたびに「私ってこんな嫌な人間だったんだ」と、自己嫌悪になっていたのですが、それが無くなり、長い長い苦しみから解放された気分です。

看護師は激務なうえに、給料や人間関係など不満だらけの中で生きていると、精神も病んでしまうのかもしれません。
転職にはとても満足しています。

転職の怖さも考えておく

私はたまたま転職でうまくいきました。
でも転職は失敗する可能性のほうが高いのを知っておいてください。

その怖さを知ったうえで、慎重に転職活動をするのをオススメいたします。

転職に失敗して悲惨な人生になった方の事例です↓↓↓

こんな記事も参考にどうぞ。

看護師が転職で失敗しないための準備マニュアル
大損してた!看護師が知っておきたい残業代のこと
看護師を辞めるのはちょっと待ってください!